十六日祭

沖縄には十六日祭と呼ばれるイベントがありますが、これは葬儀の一環として行われるものです。しかし暗い雰囲気は一切なく、まるで宴会のようにはしゃぐ人もいます。肉も提供されるので、本土の仏式とはかけ離れていますが、死者を侮辱しているわけではなく、むしろ一緒に楽しい時間を過ごそうとする思い遣りからなのです。十六日祭のようなイベントが発生する背景には、沖縄の共同体意識があると思われます。本土にももちろん似たような意識はあるのですが、沖縄のそれは近隣というよりも、部族を単位とする意識なのです。この意識は沖縄の新聞を見れば容易に理解することが出来ます。大手の新聞でさえ、一般人の訃報を所狭しと並べているからです。初めて見た人は驚くかもしれません。これらの訃報を通して告別式の詳細を知ることができるため、沖縄では改まった訃報連絡の必要がないのです。新聞に載る訃報だからといって馬鹿にしてはいけません。そこには親類(沖縄では部族)の氏名がずらりと並び、赤の他人が購入している新聞とは思えないほどです。最近は世界的に個人情報の保護が叫ばれる中、こうした訃報には賛否が寄せられるでしょうが、沖縄の共同体意識の強さの一端を示して余りある事象と言えます。新聞の訃報欄に限らず、沖縄は総じて部族社会です。お墓も代々受け継がれていますし、琉球民族であることに誇りを持っています。さて、この沖縄の共同体意識とはまた違った民族意識を持つ国があるのですが、それがどこかお分かりになるでしょうか。言うまでもありません、隣国の韓国です。韓国は非常に民族意識の強い国で、それが儒教と相まって独特の葬儀文化を築いています。儒教と聞いても日本人はすぐに理解できないかもしれません。儒教とは、簡単に言えば年長者を大切にしようとする思想を指します。儒教の開祖は孔子とされますが、孔子の教えを国教レベルにまで広めたのが韓国という国なのです。

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